人生は上々だ

ジャニヲタとして生きた証を残してます。

SMAP、という光。

まさか、こんな日が来るなんて。
何度も頭の中で想像した「最悪の事態」
それが現実になってしまった。


今の私は、頭の中に霧がかかったようなぼんやりとした気持ちだ。
まだ信じられない、というのが本音だ。
それは、SMAPというグループがこんな中途半端な形で終わるはずがないと自分の中で絶対的な確信があったから。

私の考えるSMAPの終わりはメンバーの体力的なものであるんだと思っていた。
年齢的に続けるのが難しい。
だからあと50年くらいは続いていくものだと。
その時はファンも笑顔でさよならが言えるはずだったのに。


繋いでいた手は何の前触れも無しに突然切り離されてしまった。
だからまだ受け入れられないのである。
1月からずっとグラグラしていたからそれなりに支えてきた。
ファンとしてできること、を重きに置いてジッと踏ん張ってきた。
それなのにどうして突然私たちから彼らを奪うのか。
悲しみよりも悔しさのほうが大きい。



SMAPを好きになったのは、物心ついた頃から。
母の影響で気付けばSMAPを好きになっていた。
世界に一つだけの花」は小学校の集会で何度も歌った。
その頃から常に側にSMAPがいた。

コンサートに連れて行ってもらった時は幼かった私には輝きすぎるステージだった。


SMAPは私のスターであり、親戚のおじさん
のような感覚だった。
遠いけど手を伸ばせば届きそうなところにいて、大スターなのに身近に感じた。


彼らはアイドル氷河期を乗り越え、ジャニーズの、アイドルの概念を変えた。
アイドルが何十年も活動を続けることが当たり前の今の基礎を作ったのだ。

SMAPはこれまでにも、メンバーの脱退や結婚や逮捕、怪我などそれはもう頭を抱えるような問題も起こしてきた。
それでも私がファンを辞めないのは彼らがいつでも正直にぶつかってきてくれているからだ。
自分の非を認め、前を向いていたからファンも付いて行こうと思えた。
こうした経緯があるからこそ、今回の解散の発表の仕方には違和感しかないのだ。


SMAPが何をした。
ファンが何をした。

好きなものを好きと言って何が悪い。
自分たちのやりたいことをすることの何が悪い。

どんな障害があってもそれ以上の結果を残してきた。
ジャニーズ事務所を語る上でSMAPは欠かせない存在なはずなのに。


SMAPのコンサートで見たペンライトの海に泣きそうになったあの夜や、5人ががむしゃらに踊る姿に勇気をもらった夏の日や、去っていった仲間からの手紙に涙を流すメンバーに心打たれたあの日が、走馬灯のように蘇る。


悔しくて悔しくてたまらない。
こんな形で終わりを告げてしまうことが。
もう、SMAPというグループには会えないことが。
事務所は今までの功績さえも消してしまうつもりなのだろうか。
あの日々は無くしていいものなのだろうか。
私にはこの先の未来に希望は見えない。
SMAPがいない世界を知らないからどうやって生きていけばいいのかが分からない。
何を楽しみに1週間頑張るの?
何を楽しみに毎日を過ごすの?
CDは?アルバムは?
赤いちゃんちゃんこを着たSMAPを見届けるはずだったのに。
「おじいちゃんになってもSMAP」と言ったのに。
まだ一緒に見たい景色がたくさんある。
「おめでとう」も「ありがとう」も「おかえり」も言えてない。
2年前のコンサートDVDのラスト「See you Again!! by SMAP」と約束したのに。
お願いだから、私から、SMAPファンから彼らを奪わないで。


この先、SMAPのようなグループは二度と現れない。絶対に。
今いるグループをSMAPのように育てたとしてもそれは「二番煎じ」にしかならない。
SMAPは、SMAPにしかできない。

彼らの二つ目の名字を、生きる意味を、血液を、こんなにも酷い形で奪ったことを事務所は一生背負って生きてほしい。いや、もうこのまま消えてほしい。


私はまだ諦めない。
ファンとしてできること、最後の力を振り絞って戦うことにする。
華麗なる逆襲は狙わなくていい、華麗じゃなくてもいいから必ず逆襲する。
失いたくないものが私たちにはたくさんあるから。


中居くん、木村くん、吾郎ちゃん、剛くん、慎吾ちゃん。
私の中で最強の5人はあなた達しかいません。
強くて優しくて真っ直ぐで情に厚くて。
こんなにも人間らしいあなた達を好きになったことを後悔していません。
だからもう少しだけ、「SMAPファン」を名乗らせてください。



最後に、全国のSMAPファンの皆さん。
私たちは一人ではありません。
どこかで繋がっています。
体だけは大切に、必ず会いましょう。